読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

【子育て】父親であると実感を持つまでに時間が掛かった話

現在の家族構成についてはこちら

■今日のまとめ

  • 娘さんが産まれた直後は、父親の自覚はほとんど持てなかった
  • 産まれる前に持っていた「娘さんへの愛情」は、「妻への愛情」だったのだと思う
  • 「父親の自覚」は、娘さんと一緒の日々を過ごす中で芽生えていった
  • 二人目が産まれた時は、父親の自覚をすぐに持つ事が出来た

■娘さんが産まれた直後は、父親の自覚を持てていなかった

娘さんが産まれた日、僕は娘さんの頭の形が気になって仕方が無かった、という話を前回書いた。
手術室から戻った妻に声を掛け、「赤ちゃん、可愛かったよ」と言ってはいたものの、「あの子の父親になったんだ」という自覚はまだ持っていなかった気がしている。
今でこそ、娘さんの事は「どれだけ一緒に居ても飽きる事が無く、ずっと接し続けていたいし、自分に出来る事なら何でもしてあげたい」と感じる存在になっているのだけど、産まれた直後に保育器の中で小さく動いている存在を見た時は、何と言うか、あまり自分との直接的な関係を意識出来る対象では無かった。
なので、頭の形とか変な所に意識が向いてしまっていたのだと思う。

■お腹の中にいた頃は愛情のような感情を持っていたような気がする

産まれる前は妻のお腹の中に居たわけだが、その頃はもっと愛情を持って接していたような気がする。
おそらくその理由は分かっている。お腹の中に居るとは言え、相手は妻と一体になっていたのだ。例えばお腹に声を掛けたりお腹をなでたりと、お腹の中の子に意識を向けているような時でも、直接的に接する対象が妻そのものであったため、それは妻に対しての愛情表現がそのまま現れているだけだったのだろう。
そのため、妻の身体から出てきて「一人の独立した存在」になった娘さんに対して、それまで妻に対して持っていた愛情をそのまま映す事が出来なかったのだろうなぁ、と思う。

実際、その後病院に通って娘さんを抱かせてもらう機会があっても「うわぁぁぁぁ!この子は自分の子供なんだぁぁぁぁぁぁ!!一生大事にしていくぞぉぉぉぉ!!」みたいな感覚を得ていたわけではなく、とりあえず「赤ちゃんかわいいなぁ」という、赤ん坊そのものに対しての「かわいい」感情がある感じで、むしろ「【子供が産まれて幸せそうな妻】を見る幸せ」みたいな部分に幸せを感じていた気がする。

■「父親の自覚」は、娘さんと一緒の日々を過ごす中で芽生えていった

娘さんが妻と一緒に退院してからは、「状態としての父親」という立場は出来ていた(そうならざるを得なかった)ものの、やはり「父親の自覚」というものはまだまだ育っておらず、「父親としてすべき行動は何か」みたいなものは、けっこう妻に教えられていたような感じだった。

それからどれくらい経ってからなのかは分からないけど、いつの間にか上記のように「一生大事にしたい存在」として娘さんを見るようになっていて、いわゆる「父親としての自覚」もかなり育っていた。
そうなった一番大きな要因としては、やはり「一緒の時間を過ごす」という部分にあったのだと思う。一緒に生活していく中で、「自分の接し方ひとつで、この子の人生が変化していくのだ」という事をジワジワと実感するようになり、いつしかそれが「父親であるという事の自覚」になっていった。

これは、恋愛関係における愛情の変化にも似ている感じがする。
出会った当初、付き合った当初は相手の事が分からず、どちらかと言うと「異性と一緒にいる事の刺激」が主であるが、しばらく一緒の時間を過ごす事で、それまで持っていなかった「この相手と自分との将来を意識する感情」が芽生えるようになり、それがいつしか「相手を一生大事にしたい存在と思える状況」になっていくのだろうと思う。あくまでも自分の体験だけど。

■二人目が産まれた時は、産まれた瞬間からその子の父親になっていた

4年が経ち、息子さんが産まれた時に得た感覚は、娘さんの時のそれとは打って変わっていた。
病院で産まれた直後の息子さんの顔を見た瞬間から「その子に対しての父親であるという感情」を持っていた。
それはやはり、娘さんと一緒に過ごす中で娘さんに気付かせてもらった「その子の将来を作っていくのが自分である」という感覚、つまりは「父親の自覚」を十分持てていた事によるものだろうと思っている。
それを考えると、「子が親を育てる」というコトバにも非常に納得が行く。

僕の「父親の自覚」を育ててくれたのは、娘さんであり、そして、これからは二人の子供がもっと僕を育てていってくれるのだろう。
非常に楽しみである。