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【育休6日目】なぜ積極的に育児参加するようになったのか?

2014年10月から育児休業を利用して子育て中心の生活を送っています。
我が家の家族構成についてはこちら

■今日のまとめ

  • 気付けば、積極的に育児に参加するようになっていた
  • 一番の目的は「将来に渡って妻と良好な関係を築き続ける」事
    • 「自分自身のやりたい事」を実現させつつ、「妻のやりたい事」も実現させる
    • 「子供を育てる」というひとつの大きな課題に夫婦で取り組む
  • 不器用ながらにも、人生における幸福度を最大化させたい

■気付けば、積極的に育児に参加するようになっていた

ふりかえってみると、5年前に娘さんが産まれた頃と比較して、僕自身の育児に対しての関わり方に大きな変化が見られる。
もちろん、当時と今とでは「子育ての経験量」の点で大きく違うのだけど、どちらかというと

  • 未経験の育児事であっても、自分から率先して関わろうとする姿勢(妻にしてみればまだまだだろうけど)
  • 子供が起きている時間であれば、基本的に子供と一緒に過ごす事を優先
  • 余程の事が無い限り、平日夜間や休日には予定を入れず、家族と関われる時間を取る
  • 二人目が産まれてから、育児休業の取得まで考えるようになった

といったような部分に大きな変化を感じている。
今回は、何がきっかけとなって、僕がこのような「積極的な育児参加」をするようになったのかを整理しようと思う。

■一番の目的は「将来に渡って妻と良好な関係を築き続ける」事

結論から言うと、それは「将来に渡って妻と良好な関係を築き続ける」ためである、と自分の中で結論付けられる。

「子供のため」だとか「家族のため」というのはある意味その通りなのだけど、究極的には「自分のため」である。
「なんだ、結局は自分のためか」と思われるのは仕方無いとして、その結論に至った経緯をツラツラと書く。

この目的は、具体的には2つの想いから成っている

「自分自身のやりたい事」を実現させつつ、「妻のやりたい事」も実現させる

僕が「自分のやりたい事」を持っているのと同様に、もちろん妻にも「自分のやりたい事」がある。

まずは僕の話。
僕のやりたい事と言えば、一文で表現するならば「ITの力で人に幸せと価値を与え、そして儲けを出す」事。
高校時代にふとした事からパソコン通信に出会い、ITがもたらす新しいコミュニケーションの形やその可能性に気付かされてからは、ずっとコンピュータに関わる道を進んでいる。

そして次に妻の話。
家族構成の紹介でも書いたように、僕の妻はピアノが得意である。
小さな頃からピアノに親しんでいた彼女は、音大へと進学し、並行してピアノの先生(訪問型)もしていたらしい。
そんな妻は、結婚する前から「将来的には生徒を集めて自宅でピアノ教室を開きたい」という話を良くしていた。


僕は、結婚当初から妻の「やりたい事」を実現させたいと思ってはいたものの、「自宅でピアノ」という点を叶えられていない現実(ピアノ教室を開くならば一生住み続けられる家に腰を据える必要があるが、将来的に地元に戻る事を考えていたためそれが叶えられず)にもどかしさを感じていた。
しかしながら、娘さんが産まれ、妻が仕事を辞めて子育て中心の生活を送るようになってから、それが更に遠のいてしまった事に申し訳無さを感じた。

一般的な話になるが、一旦子供が産まれると、女性の生活は激変する。
強制的に「現在携わっている仕事を中断して子供を産み、その後しばらくは子育て以外ほぼ何も出来ない」状態へと持っていかれる。
極端な事を言うと、出産を機に人生を変えられてしまうのだ。

前述の通り、娘さんが産まれてからと言うもの、妻は子育て中心の生活になった。
もちろん、子育ての合間にピアノの練習をしたりする事もあったけれど、目を離せない子供がいる状態では本腰を入れて練習する事なんて出来ないし、そもそも気の休まる時間がほとんど無かっただろう。
ありがたい事に、妻は育児の苦労を感情と共に良く伝えてくれる人だったので、鈍感な僕も、身を持ってそれを感じ取る事が出来た。
そういった妻の感情を日々受け止める中で、「女性の育児」というものについて考え方を改めるようになっていった。

結果として、

  • 僕自身が積極的に育児に関わっていく
  • それにより、妻の「育児以外に費やせる時間」が増える
  • それにより、「妻のやりたい事」により近づいて行く

という論理が組み上がり、今に至る、というわけである。

その論理が出来てしまえば、後は「僕自身のやりたい事」と「僕が育児に割く時間」のバランスをどうしていくか、という、ある意味「自分の中での問題」にする事が出来るので、僕も色々と楽になる。

「子供を育てる」というひとつの大きな課題に夫婦で取り組む

2つめの想いは非常にシンプルで、「夫婦で共通の課題に取り組みたい」という事である。
改めて見回してみると、人生において「夫婦で取り組む課題」というのは非常に少ない気がしている。

非常にステレオタイプ化されたサラリーマン家庭のイメージとして

夫婦で生計を立てていくために、夫は仕事で成果を出し、妻は家庭に入りその支えとなる

というものがあるが、このイメージにおける「夫婦の目標」は、何なのだろうか?
例えば、夫婦の目標を「2人で幸せに暮らす」と定義してみる。
この例の場合だと、「幸せに暮らす」ための一段下の目標が「夫が仕事で成果を出す」になってしまっている気がしてならない。
(共働き家庭の割合が増えている昨今においては、「夫だけが仕事で成果を出す」というのも少なくなって来ているが)

例えば家が自営業の場合、「仕事で成果を出す事」が目標になったとしても、それ自体が夫婦で取組める「共通の課題」になると思う。
なぜならば、「家=職場」であり、夫婦が同一の職場においてそれぞれで家業を分担する形になるので、自然と家業が「共通の課題」になるからだ。

これが、サラリーマン家庭においては「夫の職場=会社」であり、「妻の職場=家」であるため、何というか、それぞれの距離が遠い。
果たして、この状況で「夫が仕事上で成果を出す」事が「夫婦共通の課題」になるだろうか?
もちろん、お互いがお互いを応援し心の支えになる状況は存在するだろうけど、「一緒に一つの何かに取り組んでいる意識」はあまり無いと考える。
「奥さん、他にもっとやってみたい事があるんじゃないかな?しんどくないかな?」という疑問さえ出てくる。

【老後、いつの日か夫婦でお互いの人生を振り返った際に、共通の課題に取り組んだ苦労話が出来る状態を作りたい】
と目標を立てた場合、可能な限り【夫婦共通の課題】が存在していた方が、その結果に近づくと考える。
幸い、今の僕には子供が2人いる。「子供を育てる」事については努力次第で「共通の課題」に出来るものだと思う。

結果として、僕は「夫婦共通の課題に取り組むために、育児に関心を持ち積極的に取り組む」事を選ぶようになった。

■不器用ながらにも、人生における幸福度を最大化させたい

僕はどちらかと言うと不器用な人間なので、「仕事も家庭もどちらも要領よく」というのが出来ない。
「短時間で目に見える仕事の成果を出し、早く家に帰って家事や育児もそつなくこなす」ためには、何か違う次元の努力をしなければ実現出来ない気がする。
「どちらも中途半端」で終わってしまうと非常に残念なので、その都度バランスを考えて取り組むようにしている。

結果として今回は「育児休業を取得する」という手段を取り、そのバランスを明示的に家庭側に寄せる事にしている。


職業人生を数十年と考えると、例えば「職場で新規のプロジェクト立ち上げ」に関われる機会は十回以上あるかもしれない。
だけど、「自分の子供を育てる」というプロジェクトに関しては、子供1人につき1回限り。しかもその立ち上げ時期に関われる期間なんて、ほんの数年も無い。

職場の新規プロジェクト立ち上げにおいて共に苦労を分かち合った創業メンバーは、結束力や信頼関係が非常に強くなり、長年にわたって良い関係を築けている事が多い。
それは、家庭内においても同様だと思う。


書いていて非常に長くなってしまったけど、「将来に渡って妻と良好な関係を築き続ける」ために「男性も積極的に育児に関わっていく」というのが、今のところの僕の一つの結論になっている。

要は「妻を愛しているから」という事になるのかな。